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大阪地方裁判所 昭和57年(わ)4075号 判決 1983年2月08日

主文

被告人を懲役八月に処する。

未決勾留日数中一二〇日を右刑に算入する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、昭和五七年八月一三日午後一時ころ、東好澄が所有し、薮内長助(当六五年)外七世帯が居住し、被告人もその一室を賃借している大阪市西成区北津守三丁目三番五九号木造瓦葺平屋建長屋の自室において、ガス自殺を図り、窓、入口ドアなどを閉めきつたうえ、台所のガス栓を開栓し翌一四日午前四時五九分ころ、通報によりかけつけた消防署員が右ガス栓を閉栓するまでの間、右ガス栓から可燃性の六C都市ガスを自室内に漏出充満させて爆発のおそれを生ぜしめ、もつて他人の生命、身体、財産に危険を生ぜしめたものである。

(証拠の標目)<省略>

(爆発の危険性について)

弁護人は、被告人が漏出させたガスによつていまだ爆発の危険性は生じていなかつたと主張するが、長谷川正一郎作成の被告人方に関するガス濃度の鑑定書及び同人の当公判廷における供述によれば、次の事実を認めることができる。本件漏出にかゝるガスである六C都市ガスの場合、爆発下限界は五パーセント、すなわち放出されたガスの量が室内の空気の五パーセントを越えると、爆発の可能性があること、本件漏出現場である被告人方(玄関、炊事場、三畳、四畳半、四畳の各間、それに押入と便所)のガスが拡散される容積は約四五立方メートルであり、ガス栓を全開した場合の一時間の放出量は約四立方メートルであること、放出されたガスの空気中に占める割合は、空気の自然換気回数(一時間単位で、室内の容積と同量の空気が入れ換わる場合が一、二倍の量が入れ換わる場合が二)に逆比例するものであるところ、本件被告人方の自然換気回数は一から二までと推察されること、そしてそれが一である場合のガス濃度は約8.9パーセント、二である場合は約4.4パーセントであること、六C都市ガスの対空気比重が0.54であるため、室内の上部のガス濃度が高くなり、また、ガスを放出した部屋の濃度は他の部屋よりも高くなるため、仮りに自然換気回数が二であつたとしても、ガス栓のあつた炊事場や、室内の天井部分には、爆発下限界の五パーセントを越えるガスが存在したと考えられること、以上の事実を認めることができる。

さらに、証人蔵本義正、同吉川和幸の当公判廷における供述、成松忠志の司法警察員に対する供述調書、司法巡査作成の「ガス漏出現場における消防署員が使用したガス検知器のメーター目盛とその測定ガス濃度表の入手について復命」及び司法警察員作成の「ガス漏出事件におけるガス検知状況写真撮影状況報告書」によれば、大阪市消防局員吉川和幸らがガス漏れ通報によつて本件現場に出勤し、持参した理研GP二二六型ガス検知器でガス濃度を測定したところ、被告人方入口ですでに爆発下限界を示す目盛である一〇〇に達していたことが認められる。

以上の各事実によれば、被告人が漏出させたガスによつて爆発の危険性が生じたことは明らかであるといわなければならない。

(累犯前科)

被告人の前科調書により次の前科が認められる。

(一)  昭和五二年二月二八日、大阪地方裁判所において、火薬類取締法違反罪等により懲役一年八月に処せられ、同五三年九月三〇日、右刑の執行を受け終り、

(二)  昭和五六年一〇月六日、大阪地方裁判所において、傷害罪により懲役六月に処せられ、同五七年二月二四日、右刑の執行を受け終つたものである。

(法令の適用)

一  判示所為は刑法一一八条一項、罰金等臨時措置法三条一項一号に該当

(懲役刑選択)

一  三犯につき刑法五九条、五六条一項、五七条

一  未決勾留日数の本刑算入につき刑法二一条

一  訴訟費用につき刑訴法一八一条一項但書(負担させない)

(弁護人の主張に対する判断)

弁護人は、被告人がガス栓を開く際、酒と催眠剤を併用していたゝめ、事理弁識の能力がなく心神喪失の状態にあつた旨主張するが、関係証拠によれば、まず、被告人は、眠つた状態でガス自殺しようと考え、精神安定剤や睡眠薬を、汁椀に注いだ酒と共に多量に服用し、その直後にガス栓を開いて横になつたものであることが認められるので、ガス栓を開いたのは催眠効果の現われる前であつたことは明らかである。被告人は、以前精神病院に入院したり通院したりして治療を受けていたことがあること、本件ガス漏出が自殺の目的でなされたものであること、約一ケ月前にも同じようなガス自殺を図つたことがあることが認められるが、同時に、被告人は、自己の行為によつてガスが隣室にも漏れていくことを十分認識しながら、たゞ自殺したい一念でガス栓を開いたものであることも認めることができるのであつて、犯行当時、被告人の精神状態に多少の変調があつたことは否定できないけれども、自己の行為の是非を判断し、その判断に従つて行為する能力はいまだ欠けていなかつたものと認められる。弁護人の主張は採用できない。

よつて主文のとおり判決する。

(高橋金次郎)

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